ツイ史跡巡り部活動日記

史跡やお城、江戸藩邸跡巡り、 声優イベント感想。日記というより記録

横浜関内・馬車道の近代建築物巡り

どうも、先日関内に用事があったのでついでに史跡巡りしてきました。

馬車道関内は何度も来てはいるんですけど、なんやかんやで引っ越したらしばらくは来れないだろうと思って天候悪い中散策。

改めて横浜は関東大震災や横浜大空襲、戦後の開発があった中でも数多くの史跡が残ってていいなぁと笑顔になりました。

 

 

三井物産横浜支店(KN日本大通ビル)

明治44(1911)年に竣工した三井物産横浜支店の事務所棟

国内初の鉄筋コンクリート造の事務所ビルで、関東大震災を耐え抜き鉄筋コンクリートの丈夫さを証明した建物です。震災後の昭和2年(1927)に増築を行い現在に至ります。

また、建物裏に明治43年(1910)竣工の三井物産横浜支店倉庫がありましたがそちらは2015年に解体、跡地はタイムズ日本大通第2駐車場となっています。

旧横浜商工奨励館(横浜情報文化センター)

関東大震災後の昭和4年(1929)竣工の建物

震災からの復興と横浜商工界の再興事業として建てられ、2000年には建物上部にビルを増築し館内に喫茶店やレストラン、日本新聞博物館、放送ライブラリーが入る複合施設として機能しています。

横浜地方裁判所(横浜地方・簡易裁判所

昭和5年(1930)竣工の2代目横浜地方裁判所旧建物

戦前の陪審制や戦後のBC戦犯裁判の舞台となりましたが、現代の裁判所業務のキャパが既存の建物では手狭となったため平成初期に一度解体。

その後景観配慮のため日本大通り側を旧建物の材料を使って往年の姿で復元、奥に高層ビルを増築しました。

横浜情報文化センター敷地内

卵形下水管

明治10年代の外国人居留地にあった下水管

横浜市瓦斯局のガスタンク基礎

横浜市立本町小学校から出土した明治39年(1906)ごろの煉瓦造ガスタンク

出土場所の小学校のある場所がかつて国内初のガス事業会社(横浜市瓦斯局)の施設跡です。

国内最古のガス管

ガスタンク基礎と同じ場所から出土されたガス管

神奈川台場の石

幕末に幕臣勝海舟設計で建設された台場の石垣

今年の夏に神奈川台場跡見に行ったけど記事にしてなくて泣いてる。

居留地消防隊地下貯水槽遺構

明治初期から中期までこの場所に本拠地を置いた居留地消防隊の地下貯水槽遺構

また同地は日本初の消防車と救急車が配置された場所でもあって近代消防史でも重要な地でもあります。

上四つはまとまって展示、地下貯水槽は少し離れています

www.google.com

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横浜海岸教会

国内最古のプロテスタント教会

使用されている鐘は明治8年(1875)鋳造で戦時中の金属類回収令から免れた貴重な鐘。

旧露亜銀行横浜支店(ラ・バンク・ド・ロア)

大正10年(1921)竣工の露亜銀行横浜支店建物

横浜最後のバロック建築かつ市内に現存する唯一の外資銀行建築。

露亜銀行撤退後は横浜市瓦斯局やドイツ領事館などいくつか入れ替わり、現在は結婚式場として利用されています。

日米和親条約締結地(開港広場公園)

幕末に日米和親条約締結が結ばれ横浜開港と日本の近代化に大きな影響を与えた場所

居留地90番地の大砲
オランダ東インド会社のエンクハイゼン商館所属船の備砲
不要となったこの大砲を錨として造り直し、他の船に売ろうとした矢先に起きた関東大震災で埋まってしまっていたもの。

レンガ造マンホールと下水管

明治15年ごろ(1882)築造されたマンホール

当時のままの状態で保存されています。

神奈川県庁舎

昭和3年(1928)竣工の帝冠様式建築

かつてはここに日米和親条約締結の交渉舞台となった応接所がありました。

横浜税関

昭和9年(1934)竣工の横浜税関庁舎

戦後にはアメリカ陸軍第8軍司令部が設置されていました。

明治期の横浜商人の商店建築

関東大震災で倒壊した横浜商人の商店建築遺構

現在の神奈川県庁新庁舎敷地内にあります。

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開通合名会社の煉瓦遺構

明治期に建てられた開通合名会社の1Fレンガ壁遺構

関東大震災で倒壊後、2014年に同地にあった建物解体時に発掘され所有者の意向で歴史的遺産として保存整備されました。

建物跡地は駐車場として使用

横浜市開港記念会館

大正6年(1917)竣工の建造物

関東大震災で倒壊後の昭和2年(1927)にドーム屋根を除き創建当時の姿で再建されました。

戦後は進駐軍兵站司令部が置かれ、1989年に市によってドーム屋根が復元されたことで重要文化財指定を受けました。

時計塔は「ジャックの塔」と呼ばれ、神奈川県庁舎「キングの塔」と横浜税関「クイーンの塔」の三つを合わせた横浜三塔として有名です。

旧横浜本町ビル(綜通横浜ビル)

昭和5年(1930)竣工のオフィスビル

三井住友銀行横浜支店

昭和6年(1931)竣工の三井住友銀行横浜支店の建物

アメリカのトロウブリッジ・アンド・リビングストン建築設計事務所三井銀行横浜支店として建築し、現在も同事務所が建てた当時の建物を利用して三井住友銀行の営業をしているのはここと愛知県名古屋市上前津店だけだそうです。

また横浜に現存する銀行建築で唯一営業を続けている建物でもあります。

中居屋重兵衛店跡

幕末の上州出身の豪商・蘭学者中居屋重兵衛の商店跡

開港後の横浜で生糸貿易での隆盛を極め、幕末の生糸貿易は彼中心で支えられていました。

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東京三菱銀行横浜中央支店(ディーグラフォート横浜

昭和9年(1934)竣工の銀行建築

平成初期にマンション業者に売却後、貴重な歴史的遺産として日本建設学会などからの要望で1Fと2Fは建築当初の姿で復元し上層部にマンションを建てました。

横浜銀行集会所(横浜銀行協会)

昭和11年(1936)竣工の四代目集会所

横浜銀行と名前がついてるから横浜銀行の関係施設かと思ったら、横浜市内にある行員関係者のための施設だそうな。

日本郵船歴史博物館

昭和11年(1936)竣工のギリシャ・コリント式ビル

二代目日本郵船横浜支店として長年使われ続け、2003年に同建物1Fを改装して先に同社所有の倉庫で開館していた日本郵船歴史資料館から機能を移転させ企業博物館として再開館さしました。

※現在2026年10月ごろまで休館中

万国橋ビル跡(アパホテル&リゾート横浜ベイタワー)

昭和3年(1928)竣工の旧関東運輸株式会社本社(現・株式会社ユニエツクス)跡

2012年に解体され跡地にアパホテルが建ちましたが、同地に万国橋ビル外観を再現した建物が建てられました。

旧横浜生糸検査所(横浜第二合同庁舎)

大正15年(1926)竣工の横浜生糸検査場の建物

1995年に大改築が行われ外観を建築当初の姿で復元されました。

写真下手くそすぎて馬車道駅の出入口で隠れてしまった。

旧富士銀行横浜支店(東京藝術大学大学院映像研究科馬車道校舎)

昭和4年(1920)竣工の富士銀行横浜支店の建物

2000年頭に日本建築学会から保存要望が富士銀行に出された後、横浜市が買取2005年から藝大院の校舎として利用されています。

旧第一銀行横浜支店・旧横浜銀行本店別館(横浜アイランドタワー

昭和4年(1929)竣工の旧第一銀行横浜支店

正面のトスカーナ式円柱や2Fバルコニーが際立っています。

元は横浜第二合同庁舎に隣接していましたが道路整備のためバルコニーのみ曳家方式で移転。1F含むその他箇所は一度解体されて再度復元されたもの。

横浜正金銀行本店本館(神奈川県立歴史博物館)

明治37年(1904)竣工の旧横浜正金銀行本館

関東大震災では倒壊はしませんでしたが建物上のドーム部分の焼失と建物周辺にいた人々が犠牲になりました。

戦後にGHQにより解体精算した横浜正金銀行の後継となる東京銀行横浜支店として利用。昭和39年(1964)に神奈川県が建物を買取、増築と改修工事を経て3年後に神奈川県立歴史博物館としてオープンしました。

東京海上火災保険ビル(馬車道大津ビル)

写真左のちょっと写ってるコンクリートの建物がビル

昭和11年(1936)竣工で現在もオフィスビルとして利用されています。

ラーメン二郎湘南藤沢店

帰りに関内二郎じゃなくて5年ぶりに藤沢二郎へ

たまたまだと思うけど17時開店ちょいすぎの訪問で待ち列無空席有の状態で座れました。

小汁なしニンニクマシ野菜アブラ

関内二郎系譜の二郎なので汁なしが美味い美味い。

対戦ありがとうございました。

今回訪れてないけど前来た時に撮った写真は時間見つけてここに挙げていきます(旧川崎銀行横浜支店とか)。

 

西洋風の建築物や明治以降の史跡が目白押しの横浜、訪問したらぜひ立ち寄ってみるのはいかがでしょうか。